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◆ 暮しをつむぐエッセイ
土の匂い、人の手のぬくもり、
なつかしい眼差しが呼びとめるもの…
暮しをつむぐエッセイ
著書による挿画四葉入り
玄関の戸を内側から開けると、一人の小柄な若者が立っていた。今風のコートを着込んでいる。
――ー旦那さん、林檎いりませんか。
――………。
――宮城からやってきました。林檎は二種類あります。一つは梨と掛け合わせたやつ、もう一つは蜜の入った林檎。赤い林檎です。
きっと、何軒もよそさまの玄関口に立つうちにおのずと身につけたのだろう。息せき切って説明しようとするリズムに、爽やかな明るさがあった。映画「男はつらいよ」のフーテンの寅さんのものとは違うが、これも口上だなあ、と聞いていた。最後に彼はこう締めくくった。
――旦那さん、この林檎、涙がでるほど美味しいです。
この「旦那さん」にも参ったが、「涙がでるほど」には、思わず笑ってしまった。若者は真顔である。
――なかなか、うまいこというね。
と、いうと、彼も静かに笑った。
(「冬林檎」より)
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まつもとひでかず
定価 本体2571円+税=2700円
著者による挿画四葉入り
装丁・君嶋真理子
4/6判上製カバー装
168+8頁